【小説】紅国編


燎原の火

 凍土の冬は長い。その名の通り年を通して冬季のような気候が続くこの地は作物が育ちにくく、民の生活は大河を渡って来る行商――渡河とかとの交易で成り立っている。幸い凍土は金鉱や鉱山をいくつも抱えており、都の市場いちばは里の朝市とは比べ物にならないほど華やかだという。

 今朝方そんな話を馴染みの商人から聞いたことを思い出して、たま・・は白い息を吐いた。まだ本格的な冬季は始まっていないが、凍土の中でも北山ほくざんに近い白峰しらみねの里には既に寒波が来ていた。冷たい風にかじかむ手足を叱咤しつつ草鞋を踏み締め、たま・・は家の裏を流れる川に向かう。

 雨が降ってでもいない限り、風が吹こうが霜が降りようが洗濯はしなければならない。家に女手は多いし、力も無く年若いだけの彼女に勤まる仕事はそう多くなかった。だから仕方ないのだと、冷たい水に肩を震わせながら衣を広げる。

 全て洗い終える頃には、鈍色に落ち込んでいた曇天からわずかに日が差していた。じきに晴れそうだと安堵してから、ふと雲が続く空の下を眺める。

 この川を辿った先には大河がある。大陸から別つように凍土を囲むその大河を、たま・・は恨めしく思っていた。

 ――こんな水、干上がってしまえばいいのに。

 あり得ないと分かっていても、毎朝川を眺める度に願ってしまうのだ。あの大河さえ無ければ、母の故郷へ歩いて渡ることもできるのだから。

 

  ***

 

 渡河とかの血を持つ“たま”には夢がある。未練の一つも無いこの里を出て、いつか大河を越え母の故郷くにへ帰る――それだけを心の糧に生きていた。

 物心つく前に両親を亡くし、異国の色を持つ孤独な少女。名家に生まれ暮らしに恵まれながらも、外界から隠され育つ異形の青年。やがて激動の歴史を迎える地に生まれ落ちた二人を繋ぐ、はじまりの物語。